22歳の夏のある夜、生頼は猛烈な船酔いと闘っていた。世界一周の旅の途上、ここインド洋の荒れ具合はとくに酷い。おぼつかぬ足取りで、生頼は大型船のデッキへと出て行く。　それから約20年を経て、出向や駐在、産学連携のチームへの参加、母校の法学部及び法科大学院での講師など、さまざまな形で事務所の外の世界を見てきた。唯一、TMIでは多くの弁護士たちがキャリアのひとつとして歩む留学だけは、経験しないままだ。もちろん、海外での学習や実務経験はあるに越したことはない。後輩たちにはどんどん行ってほしいと思っている。自分はおそらく、これからも留学には行かないだろう。　だが、広い意味で捉えるのなら、あのときの船旅は、自分にとっての留学だったのかもしれない。　大学在学中に司法試験に合格した生頼は、司法修習を1年延期し、それまで経験のなかった海外旅行に出ようと考えた。せっかくなら、いろいろな国に足を運んでみたい。そう考えていたところに、中国人の友人が世界一周の船旅を紹介してくれた。100日間をかけて、西から東まで、気温差が50℃もある国々を回っていく。人種も年代もバックボーンもさまざまな人たちが、1つの船に乗り合わせている。寄港地でワインを十数本入手しては、試飲会へ誘ってくれるソムリエ志望の人。日本の近代史について熱い議論を交わしてくるアジア諸国の人。各国でのガイド役を務めてくれるバイリンガルの人。自国での肩書きや属性など、船上では意味を持たない。若い生頼にとっては、誰もがリスペクトの対象だった。　では、自分はどうなのだろうと、生頼は考えた。灘中高から東大に進学し、司法試験に在学中合格したというと、エリートコースを歩んでいると見られがちだ。だが、自身の感覚はまったく異なる。船旅を続けていくにつれ、以前から抱いていた思いがより鮮明になった。　自分はまだ、何者でもない——。　世界一周の船に乗ったのも、自分についていろいろと考えてみたかったからだ。その判断は正しかった。何らかの答えが見つかったわけではないが、広大な世界のあちこちで見聞を広めた。刺激的な光景も数えきれない。中でも脳裏に焼き付いているのは、毎晩決まった時刻になると、デッキへと出て儀式の準備を整える男の姿だ。乗客たちが集まると、彼は言う。「さあ皆さん、宇宙へと交信して、今日こそUFOを呼び寄せましょう」　冗談交じりの企画ではあったが、自分にはないユーモアやクリエイティビティを感じた。自分の知らなかった発想や価値観を持つ人たちが世界にはあふれている。なんて面白いのだろう…。生頼も儀式の輪に加わり、満天の星空に向かって、UFOを引き寄せようと念じてみた。

六甲山の裏手に住み、昆虫採集やバスケットボールを楽しみ、それなりに勉強する。充実した少年時代を送っていた生頼だったが、高3のときに大きな変化があった。幼い頃に発症したアトピーの症状が重篤化したのだ。大学受験を目前に控えるも、かゆみのせいで集中力を維持できない。調べてみると、全国から患者が集まるアレルギー治療の名医が四国にいるという。生頼は意を決して1週間学校を休み、その医師を訪ねた。するとどうだろう。十数年来続いていた症状がピタッと治まり、肌がツルツルになったのだ。人生が一変した初めての出来事だった。なんて素晴らしい先生なのだろう。この経験が、専門的な技術、能力、技量を活用できる仕事への憧れを、胸の奥に芽生えさせたのかもしれない。　進学した東大では、真面目に大学の講義を受け、司法試験の勉強に取り組んでいた。そのおかげで在学中に司法試験に合格できたが、4年間を振り返ると目新しいことは何ひとつできていない。そこで、司法修習を1年間延期し、世界一周の船旅に出たのだ。帰国すると、学生時代の知人がベンチャーを立ち上げていた。ゼミで学んだ知財への興味もあり、書類づくりや事務作業の手伝いを買って出た。はからずも、いまや日本を代表するデジタルコンテンツ企業の萌芽を見ることになった。&nbsp;「生頼さ、知財とかに興味があるって言ってたよな。それなら、TMIって事務所が強いらしいよ」　的を絞らずに事務所訪問を始めていた生頼に、友人が話した一言がきっかけだった。早速訪問してみると、自由に働ける場を求めていた自分にとって、環境は申し分がない。若手弁護士でも専門家として案件を任され、年次に関係なく認め合い、尊重し合っている空気も伝わってくる。知財以外に開拓している領域にも惹かれた。　　大学時代の友人がひとりもTMIにはいないことも決め手となった。世界一周の旅で未知の人たちと接して感化されたように、誰ひとり知り合いのいないゼロから、社会人として人間関係を築いていきたい。生頼はそう考えたのだ。

入所から約1年間は、不動産ファイナンスの案件に明け暮れた。次から次へと依頼が舞い込んでくるが、仕事自体は面白く、1年目から任せてもらえることのやり甲斐も小さくない。だが、生頼の心の中に、引っかかりが芽生え始める。　不動産ファイナンスの案件は面白いが、このマーケットの勢いがこの先ずっと続くとは限らない。さらに深く掘り下げ続けて専門家になる道もあるだろうが、もう少し幅を広げていくのもいいのではないか…。　そんな思いを相談すると、パートナーの先生は、待ってましたとばかりに生頼を迎え入れた。「先生、僕はM&amp;Aや会社法の仕事もやりたいと思っているのですが…」「おお、そうか！　よく来た。早速いくつか案件を頼むよ」　チームは担当パートナーとの2人体制だったため、生頼がクライアントの窓口に立つ機会が多かった。パートナーに急用が入り、大手企業の両当事者が並ぶ会議の議長を務めたこともある。入所2年目の若手にとって無茶とも言える役回りを任されたわけだが、弁護士として必要な胆力がつき、大きく成長した実感を持てた。難易度の高い案件をなんとかやり遂げ、M＆Aや合弁契約の案件を任せられる若手のひとりとして、所内でも評価されるようになっていった。　ある日、パートナーがふらりとやってきて、生頼に言った。「今日の会議、任せるつもりだったけど、やっぱり俺も出るわ」「え？」　最初の方針検討以降は生頼に一任されていた案件だったのに、なぜだろう。その疑問はすぐに解けた。その日の会議の場では、より実務的な質問が連発したのである。まだ若い自分が答えられるのは、概念的な質問に限られていた。パートナーの同席がなかったら、クライアントからの信頼を損ないかねないところだった。会議を終えたパートナーは何事もなかったかのように、ポツリと言う。「生頼くん、おつかれさん。あとは頼むよ」　パートナーの指導法の本意に初めて気付き、生頼は胸を打たれた。クライアントとのメールのやりとりを共有していたから、先生は危険を察知して会議に参加してくれたのである。自由に任せてくれているようでいて、実は一つ一つの作業を細かく見守っていてくれたのだ。　振り返ると、手取り足取り丁寧に教えてくれるパートナーもいれば、案件の大部分を任せてくれるパートナーもいた。前者から学んだことを後者との仕事で活かすような形で、仕事に取り組んでいけたと思う。弁護士にいろんなタイプがあるように、教え方にも多様性がある。いろいろなスタイルを見ながら、良いとこ取りをすればいい。生頼はいま、若手たちの性格を見極めた上で、タイプに合わせて対応を変えている。最近のTMIには丁寧に指導するタイプのパートナーが多い印象があるため、自分はどちらかというとのびのび育てる存在を意識している。

入所8年目となる2010年の秋、生頼のキャリアは新たな展開を迎えた。総合商社へ出向することになったのだ。2008年のリーマンショックを境に、生頼個人としてはファイナンス分野の案件よりもコーポレート関係の案件が増えていた時期でもあり、事務所の外の環境に触れてみたいという思いも強まっていた。　出向から約半年後に、東日本大震災が起こった。エネルギー政策をはじめとして日本が大きな変化を求められる中で、総合商社もさまざまな転換を迫られる。そうした有事の情報をタイムリーにキャッチアップし、クライアントの実務に落とし込むことが、外部の法律事務所に求められる。もちろん、出向先の法務部には法律に明るい優秀な人材が揃っているため、そこを超えるだけのバリューを、法律事務所は提供しなければならない。自分たちがやっているのは、リーガルのマーケット全体のごく一部に過ぎない。そう痛感させられると同時に、それだけ可能性が広がっていることも感じることができた。　何より得がたい経験となったのは、出向先の法務部員の一員として、法的な見解を他の法律事務所に相談しに行く機会があったことだ。とくに、特定の分野に特化したブティック事務所では、仕事の進め方やアドバイスの仕方に個性的で独特な視点があるように感じた。TMIでも採り入れたほうがいいと思う気付きがたくさんあった。　社内の飲み会などオフの場も貴重な時間になった。法務部員たちとテーブルを囲んだ居酒屋に、営業スタッフも合流してくる。部門を超えた人脈を広げることができたのだ。自分を快く受け入れてくれる人たちに、何かしてあげたい。持ちかけられる日々の法務相談に応えるだけではなく、新しい論点を含むニュースリリースや、施行前の法改正のニュースなどをメール配信するようにした。出向先での交流をどっぷりと深めた2年間だった。任期終了前には、20営業日連続で送別会を開いてもらったほどだ。TMIに戻ったあとも、その総合商社との仕事は続いている。内部に身を置いていた時期があるからこそ、そのときの経験を活かしたアドバイスができていると思う。　2015年からは、大手証券会社での駐在を続けている。IPO審査を主とする部署への駐在のオファーを受けた時、真っ先に蘇った記憶が、司法修習前に友人のお手伝いとして関わったベンチャーだ。未来のトップ企業のスタートアップを支える仕事に携わりたい、と快諾した。　証券会社には週に1回会社に訪問する形のため、フルタイムの出向ほど密な関係ではない。それでも、証券会社がどんな基準でリスクを判断するのか、上場審査の中でどこが問題になりやすいのか…など、細かな点まで温度感を知ることができる。そこも踏まえて、クライアントへのアドバイスができるようになったのは、総合商社での駐在経験のおかげだ。

さまざまな場での出会いを大切にしてきた生頼の姿勢は、ビジネス以外にも向けられている。2013年から3年間法学部の非常勤講師として、2017年から2年間法科大学院の客員准教授として、母校である東大で教鞭をとっているのだ。実は、若手弁護士だった頃にも、東大とは関わりを持ったことがあった。産学連携の動きを知った田中代表がサポートに手を挙げ、特許に興味があった生頼に声がかかり、駐在していたのである。その経験が、のちに教鞭をとることにつながったのかもしれない。　大学には、専門的な学問を教えるプロパーの教員が揃っている。その中で、自分にできることは何なのか？「私も弁護士の仕事をしたい！」と思ってもらえるように、学生をインスパイアすることではないか。そのために、これまでの経験を交えつつ、うまく刺激を与えることを生頼は心がけている。　法学部の授業の際には、毎年、初回の授業の冒頭に、こう呼びかける。「こんど、皆さんと一緒に飲み会を開きます。誰か、幹事をやってくれる人はいますか？」　約50人の生徒がいるが、毎年誰も手を挙げない。そこで、生頼はこう続ける。「うーん、困りましたね。誰かが買って出てくれないと、授業が始められません…」「はい、先生。それなら私がやらせてもらいます」　周りの様子を伺う生徒たちの中で、ようやくひとりの生徒が手を挙げる。授業以外でも、積極的に関与していく気持ちと行動力を促したい。その後の授業の中でも、端々に少しずつそうした気持ちを植え付けている。例えば、2か月ほど経った頃に、飲み会の幹事を誰かやってくれないかと、再び水を向ける。さて、今回はどうだろう…と、教壇から見守る生頼に向けて、3人、4人の手がスッと上がる。そうやって生徒たちが変化していくのを見られるのは、先生としてもOB としても素直に嬉しい。　たくさんの学生がいる教室で手を挙げて発言するのは、勇気がいる。だが、それはビジネスの世界でも同じなのだ。例えば、セミナーやパーティーに行っても、積極的に名刺交換をして見知らぬ人と話を始めなければ、自分の世界は広がっていかない。たかが飲み会の幹事という話ではないのだ。やがて踏み出す社会に向けて、そうしたことから気付いてもらいたいと生頼は考えている。　初めてのクラスで教えたかつての学部生たちのグループから、飲み会に誘われたのは2019年暮れのことだった。行きつけの表参道のバーで、学部時代の思い出話や近況報告に花が咲く。その中のひとりの女性が、生頼に言った。「先生、来月からお世話になります。よろしくお願いします」「うん、頑張って。何かあったら何でも相談してくれよ」　学部でも法科大学院でも教えたその生徒が弁護士となり、入所先にTMIを選んでくれたのだ。生頼からTMIにスカウトしたわけではない。だからこそ、内定者名簿に彼女の名前を見つけたときは嬉しかった。生徒だった頃のこともよく覚えている。何しろ彼女は、飲み会の幹事という任務に、スッと手を挙げてくれたのだから。&nbsp;　どんな弁護士になっていくのか、これからの彼女が楽しみでならない。かくいう自分は、留学経験はなく、ひとつの専門領域だけをとことん極めてきたわけでもない。だが、確実に自分だけの寄港地を見つけながら、航海を続けている。　いまの彼女のように若かりし20代の頃、7つの海を渡った世界一周の船の上空に、ついぞUFOは現れなかった。その代わりではないが、生頼は弁護士としていま、こう念じている。　さまざまな場でこれからも、いろんなモノやコトやヒトを呼び寄せていきたい。

専門領域を極める弁護士が少なくないTMIにあって、どちらかというとジェネラリスト的なキャリアを積んでいる生頼。出向・駐在した大手総合商社や証券会社においては企業人たちに、教鞭をとる法学部・法科大学院においては学生たちに、それぞれ近い立場で接してきた。その中で自分を育ててくれた、さまざまな得がたい経験とは？クライアントや後輩や学生たちとの向き合い方とは？

さまざまな場に身を置きながら、得がたい経験を呼び寄せる

2015年の春、ニューヨークでの海外留学と企業研修を終えて帰国した新谷は、田中代表の執務室を訪ねていた。 「新谷先生、向こうはどうでしたか？」 「はい、出会いにも恵まれまして、とても貴重な経験となりました。例えば…」 　 新谷からの報告をにこやかな表情で聞いていた田中代表が、「で…」と切り出す。弁護士としての今後のキャリアをどう描いていくのか。それが、この場のメインテーマである。新谷には、ニューヨークでの企業研修中に抱いた夢があった。 日本ではまだ誰も手をつけていない、宇宙ビジネス法務という道を拓いていきたいーー。 　TMIに入所して以来、先輩弁護士たちが新たな領域の開拓者となるさまを間近で見てきた。自分もそれに続いていきたいと思いながら、ニューヨークでも少しずつ情報を集めていた。だが、いざ日本へと戻ってくると、描いた理想と目の前の現実との間に横たわるギャップが、どんどん大きくなっていく。　日本には宇宙ビジネスを柱に活動している弁護士などひとりもおらず、甘いものではないことは誰の目にも明らかではないのか？そもそも、2人の小さな子どもを抱える自分が、本当に誰も開拓したことのない分野に挑めるのだろうか？だが、ここで諦めてしまったら、ずっと後悔するのではないか？　振り子のようにゆらゆらと揺れる心の迷いが、幼いころの記憶とつながった。

小学校に上がるか上がらないかという頃のことだった。新谷は家族と横浜観光をした際、氷川丸の中で不思議な感覚に包まれた。私たち人間はいまここに在るのでなく、広大な宇宙の中のとてつもなく小さな存在にすぎない…。そんな体験を境に、地球の外に関心が向くようになった。「ねえ、宇宙には一体何があるの？」　熱心に尋ねるたびに、共に理系の研究者だった両親は、新谷の将来を案じていたようだ。この子なら、宇宙飛行士になりたいと言い出しかねない。一人娘に危険なことはさせたくない。駅前の書店で『学研まんが　宇宙のひみつ』という本を買ってほしいと何度もねだったときも、ついぞ買ってもらえなかった。　母親は、娘の関心を宇宙から逸らそうとしたのかどうか、弁護士や警察官が主役のテレビドラマを一緒に視聴するようになった。「正義の味方ってカッコイイね。世の中でおかしいと思ったことを、変えていく発言力がある仕事だね」　ドラマの世界とは全く違った視点からも、新谷は法律の世界に興味を持ち始めていた。小学校の社会科資料集を開いて、日本国憲法の人権の項を読んだときに衝撃を受けたのだ。自分が興味を持っていた理系の世界では、例えば電球や医薬品は、人間に必要だから研究の末に生み出された。それらと同じように、世の中の秩序を保つために必要だから、「人権」という概念が生み出され、そのルールのおかげで安心して暮らせている。このことに気付いた新谷は、こう思った。「法律って、人類史上もっとも素晴らしい発明だ。だから人間は他の動物とは違って複雑な社会をつくれたんだ。よし、将来は法律に携わる人になろう！」

新谷は大学卒業後、合格率が3％弱という狭き門だった旧司法試験にチャレンジし、合格当初は弁護士ではなく検察官になろうと考えていた。構成要件を検討してどんな罪にあたるのかをロジカルに探っていき答えを導き出す刑事系科目に、理系に似た気持ちよさを感じていたからだ。だが、社会勉強のつもりでいくつかの事務所を回っていく中で、ほかの事務所と全く違う雰囲気を強烈に放っていたのがTMIだった。真面目にノートをとる新谷の緊張をほぐすように、ジョークを交えながら質問に答え、ハハハハハと豪快に笑う事務所の面々から、普段から楽しくイキイキと働く姿がくっきり浮かんできた。面接に出てきた先生たちの顔は一様に輝いていた。吸い込まれるように、自分の居場所はここだと確信してTMIへの入所を決めた。　駆け出しのジュニアアソシエイト時代には、貴重な二つの経験を積んだ。ひとつは、さまざまな弁護士と多くの訴訟を担当したことである。大企業の訴訟を常時３件以上は抱えているような状況だった。証拠探しのデータがPCで共有される昨今とは違い、当時は書類を詰めこんだ段ボールがまとめて送られてくる。その山をひたすら掻き分けて証拠を集め、事実を固めながら書面のファーストドラフトをつくる。それが真っ赤になるほど先輩たちに直されながら、裁判所に提出できるレベルの書面へと仕上げていった。　もうひとつは、TMIには海外のクライアントがとても多いため、入所間もない頃から先輩たちが英語でクライアントとやりとりをしている様子を間近で見られ、英語でのコミュニケーションを自身が任される経験も積めたことだ。弁護士として必須の素養を身に付けるのに、素晴らしい環境だった。　そんな新谷にとって、忘れられない知財裁判がある。一審で負けた知財訴訟に、控訴審から関わる機会を得た。一審判決を覆すためには、新たな証拠と主張が必要になる。まだ入所2〜3年目の新人だったが、任せてもらった。「新谷さん、この案件、自分の思ったようにやっていいよ」　それならば…と、訴訟対象の製品やその設計を見直したのはもちろん、関連製品が集結する展示会にも足を運んだ。そうしてコツコツと証拠を集め、チームの弁護士・弁理士と議論を繰り返しては、新たな主張を組み立てていく。「この訴訟に勝つことは、クライアントの産業界における社会的意義にもつながる」　そう感じながら、訴訟準備にも自然と熱が入った。書面のやり取りにおいては、これまでの流れを変えられたのではないかという手応えがあった。　迎えた判決言渡しの日、高裁の判決が下された瞬間、新谷は同席していた女性弁理士と顔を見合わせ、思わずガッツポーズをした。完全なる逆転勝訴だった。　事務所で待っていたパートナー弁護士に電話すると「えー、うそでしょ？」という驚きの第一声が返ってきた。その日は、所内で同僚たちに会うたびに「勝ったんだって？　良かったねー！」と、どれだけたくさんの祝福を受けたか分からない。ちょうどその日は、知財高裁の有名裁判官3名の最後の合議体の日だった。最後の法廷となった担当裁判官のひとりが後日、退官のあいさつも兼ねて、TMIの先輩弁護士にこう語ったらしい。「あの件では、TMIの若いお嬢さんたちが本当によく頑張っていたよ」

有名裁判官からもらったエールは嬉しかったし励みにもなった。だが、裁判所に足を運んで逆転勝訴を得たのが女性弁護士と女性弁理士だったことが、より強い印象を与えたのかもしれない。　実際、現在も日本の弁護士全体に占める女性の割合は2割に満たない。特に企業法務弁護士の激務と、結婚・出産というライフイベントとの両立の難しさに苦戦を強いられるのは、新谷も無縁ではなかった。もっとも痛感させられたのは入所7年目、ニューヨーク・コロンビア大学ロースクールへの留学時代である。　子どもを産んだので海外留学はもうできないだろうと思っていたところに、夫のニューヨーク赴任が決まった。それに合わせて必死で勉強して、なんとか間に合わせて行ったという状況である。その慌ただしさは、現地でもそのまま続いた。　授業そのものの難しさより、悩まされたのは膨大な勉強量である。大量の英文のテキストや裁判例を読んでは、次々とレポートを提出していかなければならない。他のロースクール生たちは、試験の直前には大学が用意してくれるピザを食べながら、24時間開放される図書館にみんなで詰めている。だが、新谷は6時になったらナーサリーに子どもを迎えに行き、夕食をつくり、寝かしつけるまで時間はとれない。翌日は朝から弁当をこしらえ、ナーサリーまで連れていき、買い物もして…と、まとまった勉強時間がないのである。事務所の援助を受けて留学しているため、試験に落ちるわけにはいかないというプレッシャーもあった。焦りと悔しさで、学校からの帰り道となるセントラルパークで何度も、涙が自然とこぼれてきた。　だが、思わぬ救いが新谷を待っていた。住まいの近くにあるアメリカ自然史博物館に初めて足を運んだとき、新谷は思わず息を呑んだ。何しろ、1階に広大なスペースを使って宇宙や地球の展示が常設されていたのだ。月から持ち帰った石や、地球で発見された最大の隕石、天井からは大きな地球の模型が吊り下げられている。その一つ一つに見入りながら、「こうだよね」「ああだよね」と、独り言を嬉々としてつぶやく。子どもを迎える前のわずか数分の時間でも、気分転換に立ち寄るようになった。スーッと宇宙の世界に浸り込むひとときが過ごせる。新谷にとって、心の帰る場所だった。　勉強と育児に追われながらも、ニューヨークで日本を代表するさまざまな企業の日本人駐在員たちと家族ぐるみの付き合いをするようになった。自国の製品に誇りを持ち、アメリカ流の営業を必死に学んで、州知事クラスを相手にメイドインジャパンを売り込んでいる。海外で奮闘する駐在員、そして彼らを支える家族の姿を見るにつけ、ある自問が新谷の頭に初めて浮かんできた。「日本人として、日本人弁護士として、私はこれから何をすべきなのだろう？」　その答えが、日本がつくったモノの世界展開を支える弁護士になる、という目標だった。ロースクール卒業後の現地研修先に、グローバルに事業推進している重工業メーカーを選んだのもそのためだ。新谷は自ら履歴書を書き、人づてにニューヨーク本社での面談をとりつけた。現れたジェネラルカウンセルの日本人女性は、新谷が熱っぽく語るのを、終始にこやかな表情で聞いていた。そうして、こう言った。「わかりました。いつから来られますか？」　彼女はインターン生の新谷に対して、プラント関連の用語から契約書の立て付けまで極めて特殊な実務を一から教えてくれた。この出会いは小さな風穴を開けてくれたに留まらなかった。あるとき、新谷は彼女から運命的とも思える話を聞かされたのである。「ねえ、新谷さん。アメリカでは当たり前の、宇宙ビジネスを専門に扱うSpace Lawyerが日本にはいないの。私たちもアメリカの弁護士に頼るしかないから、日本としてこうすべき、という視点の話をしづらい状況が続いているのよ」「えっ！　宇宙…」と身を乗り出す新谷に、彼女はこう続けた。「このままだと、国益が損なわれるレベルの課題なの。あなたが帰国する頃、日本でも宇宙活動法が制定されるから、その分野の弁護士が必要になると思う」　宇宙に興味があるとは少しも話していなかったのに、そんな事実を聞かされた。新谷の身体中をある思いが駆け巡った。「スティーブ・ジョブスのあの名スピーチ、コネクティング・ドットとは、こういうことなんだ」幼い頃の氷川丸での体験から始まり、これまで自分で選んできた一つ一つの異なる「点」が、スッと一本の「線」につながった。新谷の中で、漠然とした憧れが、確信へと変わった瞬間だった。　自分は弁護士として、宇宙ビジネスに関わる道を行くんだ——。

帰国から約7年、日本においても宇宙ビジネス法務の整備が進んだ。省庁が主導する日本の宇宙開発に関わる会合で意見具申できる機会も少しずつ増えてきた。衛星データの利用や宇宙ゴミ問題の解決など、新谷が特にフォーカスしているテーマはいくつかある。その中のひとつに、「日本から宇宙に行ける、有人宇宙飛行ができる国へ」という未来ビジョンがある。米国のIT長者たちが競って民間の有人宇宙飛行ビジネスを進めていることはメディアでも頻繁に取り上げられ、2021年は宇宙旅行元年ともいわれている。　その先には、宇宙を経由しての2地点間移動がスタンダードになり、日本とニューヨークは30分でアクセスできる未来への見通しも語られている。そんないま日本が、世界の中で取り残された国であってはならない。50年後、100年後の子どもたちのために、いま何をすべきなのか。まずは世界中で開発が進むスペースプレーンが離発着できる場所の整備から始めたらいいのではないか。　こうして、志を同じくする仲間に自ら声をかけ、2018年に設立したのが〈スペースポートジャパン〉という社団法人である。いまでは、政府の成長戦略の中にも〈宇宙港〉という文言が載り、新谷は賛同してくれた民間事業者たちと共にプロジェクト推進に奮闘している。　その一方で、事務所として受ける依頼も着実に増えてきた。民間の宇宙ビジネスにおけるグローバルな交渉や最先端技術の実装化のサポートなど、新谷ひとりではとても抱えきれない。各分野を専門とするパートナーやアソシエイトとチームを組み、そのメンバーは事務所内でも次々に増えている。　いま新谷が女性の後輩たちに伝えたいのは、出産や育児のために、自分のやりたいことを諦める必要はないということだ。もちろん子どもを育てる中で、どうしたって母親でなければできないことは沢山あり、仕事に没頭できる時間が減るのは避けられない。それでも、その限られた時間を100パーセントの力でやりきればいい。時間がとれない状況を乗り越えていく術は、隙間時間に勉強をし続け、「他の人にはない武器」を身に着けることしかない。「専門性」や「仕事の質」、そして「こんな世界にしたい」という情熱で勝負することは絶対にできる。　かくいう新谷自身、ニューヨークから帰国した時点では、宇宙ビジネス法務の道への覚悟を持ちきれていなかった。帰国前に第二子を出産したばかりであったため、第一子の子育てに追われたニューヨークの日々が頭をよぎったのである。　心の迷いが消え去ったのは、田中代表の部屋に呼ばれたときだった。今後のキャリアについて話をするために設けられた場で、新谷はこう尋ねた。「先生にとって、弁護士の成功ってなんですか？」「他の人がやっていない新しいことに挑戦すること。その分野で3本指に入って自分の名前で仕事の依頼がくることかな」　新谷は、意を決して、こう言った。「では私、宇宙をやってみてもいいですか？」「小さい子を2人抱えて、並大抵のことじゃないよ。軌道に乗るまで何年かかるかわからない」　代表は少しの間を置いて、こう続けた。「…だけど、やってみたらいい」　真正面からの、厳しくも温かい言葉だった。田中代表が大きく背中を押してくれなければ、そしていつも一番の応援者であり続けてくれなければ、新しい道は拓けなかったと新谷は思っている。吸い寄せられるように入所したTMI、そして田中代表をはじめとするTMIを創るメンバーたちとの出会い。そのすべてがつながって、いまがある。この事務所にはいつでも、所員を否定しない風が吹いている。　こうして、新谷のスペースロイヤー人生は幕を開けた。

民間参入が進む日本の宇宙開発において、最先端の宇宙ビジネス法務に第一人者として関わり、スペースポート計画を進める団体の設立理事も務める新谷。その実務については、ウェブ上の多くのインタビュー記事でも語られている。ここでは、弁護士として宇宙ビジネス法務を選ぶに至るまでの道程にフォーカスしていきたい。一体なぜ宇宙だったのか？日本では前例のない仕事をいかに軌道に乗せたのか？この先にどんなビジョンを描いているのか？

天空にまたたく星座のように、点と点をつないでいく先に

同期が5人も揃うのはひさしぶりですね。

早速ですが、本日は61期の我々がどのようにそれぞれのキャリアを拓いてきたのか、これから先、どのような活躍をしていきたいか、お話を聞かせてください。久々に集まったことですし、まずはみんながいまどんな案件に携わっているか、それぞれ話しましょうか。

通信の分野で、電気通信事業法や電波法など比較的特殊な法律を扱っています。私は、自分しかやっていないこと、自分にしかできないことを追求することに充実感を覚えるタイプで（笑）。手がけている弁護士が他にいなければ、クライアントからの期待もそれだけ高くなって、自分を求めていただける機会が増えます。弁護士は、クライアントにサービスを提供する仕事であり、相手を満足させるための仕事ですから、クライアントと近い関係で働けることがとても楽しいです。メインとなるクライアントは、携帯電話の事業者や通信会社です。現在は、自動運転に代表されるように、あらゆる業界が通信サービスと融合しつつある、とても面白い段階にあります。これまで問題にならなかった産業でも通信規制が問題になっているなど、この分野の法務ニーズは年々高まっています。留学後の研修先の米国の事務所では、テレコムというひとつの確立した分野になっていました。まだ日本ではそこまで浸透していませんが、将来的には大きな分野になると思います。

通商の分野で、国内外に向けた投資や貿易の規制対応、国際仲裁対応をしています。この分野は外国法や条約を含めて、数多くのルールの大枠と細部を頭に入れておく必要があります。現在で言えばまさに米中の貿易摩擦問題なども対象となり、政治動向にもアンテナを張っておくことが大事な分野です。技術の開発計画、海外拠点の設け方、重点を置くべき海外販売、投資対象国など、長期的な会社の意思決定に関してアドバイスをし、関係する法務部以外の方々とも議論することが多く、非常に刺激的です。

私は、金融を専門としていて、金融レギュレーションやトランザクション関係の業務が主です。前者は、例えば金融商品取引法や銀行法などの業規制を対象とする業務ですが、規制は相当に複雑です。また、金融はある意味国境がありませんので、外国の弁護士と協働して、世界中の金融規制について検討しなければならないことも多くあります。そのような専門的な法律の知識を駆使しつつ、クライアントの高いニーズに寄り添って仕事ができることが魅力ですね。後者は、例えば不動産ファイナンス案件や投資ファンドの組成を行う際の契約書ドキュメンテーションなどの対応で、取引自体のダイナミックさを感じることができます。タフな交渉が求められたり、時間的にタイトな場合もありますが、クライアントのために日々ベストを尽くすことは大きなやりがいです。

私は、朝から晩までひたすら会社法の仕事をしています。同期の皆の専門分野である、先端的な規制や普通の人の目に触れることが少ない専門的な法律と違い、司法試験の受験生なら誰もが知っている法を専門としていることになります。弁護士であればある程度は誰もが知っているだけに、実は、「専門は何ですか」と聞かれて「会社法です」と答える弁護士は意外と少ないんですよね。逆にそれほど難しいし、自分はまだまだ三合目の未熟者ですが、いつか胸を張ってそう言える弁護士を目指したいと思って日々研鑽に努めています。主に取り扱っている会社法関係の業務内容は大きく3つですね。ひとつは株式や新株予約権の発行など資金調達に関係すること、もうひとつは株主総会、そして最後が会社法にまつわる手続、例えば取締役の職務執行停止や解任、解職等の商事紛争・裁判等の手続です。 　ここは個人差がありますが、私は「紛争解決」こそが弁護士の本質であると思っているので、株主提案が出ており票読みが拮抗している株主総会や、取締役の構成が勝負になる取締役会など、緊迫した「現場」感のある仕事に携われることが最大のやりがいであり、魅力です。

少し違った角度から「専門性」を考えると、私は弁護士の専門性をもう少し広く考えたいと思っています。主なクライアントはエンタテインメント関連企業やスポーツ関連企業ですが、法律分野でいえば、確かに著作権法をはじめとした知的財産法がご相談の分量としては多くなります。しかし、実際にご相談をいただく内容は知的財産法に限りません。企業が抱えるあらゆるご相談に対応する必要があります。 　また、ご相談の中には、そもそも問題点が明らかではないものもあります。そのような多種多様な企業の「悩み」に応えるのが、これからの弁護士に求められると考えています。そのような観点から、「問題解決」が私の専門であり、強みであると考えています。つまり、どこに問題があるのか、何が真の問題かを分析し、その問題を解決するためのソリューションを複数提案し、クライアントごとにもっとも適切なソリューションを一緒に実行していく、ということを専門にしています。あらゆる問題に対応する必要がありますので、法分野ごとに第一線の弁護士がいて、その弁護士らが協働してベストなチームを組めるというTMIの弁護士間の垣根の低さは、ここで大きな強みになります。企業内弁護士の数も増えている中で、法律事務所にいる弁護士に依頼する目的や、求められる価値を考えながら、これからもこの「専門性」を強みにしていきたいと思っています。

やっぱり10年以上も経つとやっていることがそれぞれ全然違いますね。

そういえば、みんながTMIに入所した理由って聞いてもいいですか？早いもので、もう10年以上前になりますけども。覚えているかな。

そうですね。最大の理由は、面談をしてくださった弁護士間の雰囲気です。面談に参加すると、大体この方がパートナーの弁護士、この方がアソシエイトの弁護士と見当がつくものですが、TMIでは、先輩・後輩に関わらず、お互いに意見を和気藹々と言い合っている。そのフラットな関係性がとても印象に残りました。

小坂が言ったことに尽きますが、全ての人とフィーリングが合い、この人たちと仕事をしたいと思いました。どこかベンチャー気質で、「ナンバーワンの事務所になろう！」といういい意味でのギラギラした感じと、和気藹々とした空気のバランスがとても良かった印象です。すぐに、ここに入所しようと決めましたね。

私も、面談の時の印象が決め手でした。面談で、どこの事務所と迷っているかと聞かれ、他の事務所の名前を挙げると、「あそこは素晴らしい事務所だよ」というポジティブな反応が返ってきたんです。その上で、「あの事務所も本当に良い事務所だけれど、一緒に事務所を成長させていくことに興味を持ってくれるなら、ぜひうちを選んでほしい」という言葉でお誘いいただき、驚くとともに、TMIの余裕を感じたことを覚えています。また、私は、権威や既に完成しているものより、皆で創りあげていく過程に面白みを感じるタイプなので、それならTMIにお世話になろうと思いました。

私は、とにかく国際的な案件をやりたいと思っていましたが、日本の弁護士としての基礎を身に付けながら働くことが前提でした。そんな自分の目指す弁護士像と執務環境が一番マッチしていたのがTMIでした。提携している外国法律事務所の弁護士が同じフロア内で執務しているので、その分野の第一人者の外国人弁護士から、それこそ電話のかけ方から内部打合せでの方針決め、クライアントとの会議まで一緒に席を近くして仕事ができました。それと同時に、純粋な国内の裁判や契約対応も経験して、日本の弁護士としての基礎力も養えました。それがどの案件にも通じる自分の土台になっています。

入所前は、企業法務の内容について具体的なイメージを持てていなかったので、入所してさまざまな業務分野を経験した上で自分の専門分野を選べる、TMIのローテーション制度が非常に魅力的でした。弁護士としての自分の道を決める前に、とにかく多様な業務を見て、基礎的な能力を上げてほしいという事務所の姿勢を伝えていただいていたので、安心して入所することができました。

ありがとうございます。では、TMIでの仕事を振り返っていきましょうか。これまでで印象的だった案件や出来事はありましたか？では、前ちゃんからお願いします。

入所当初は、訴訟や倒産、危機管理などの業務を多く担当していたんですが、金融分野にも関心がある旨を所内で伝えていたところ、弁護士3年目に、金融庁監督局証券課へ出向しないかという話をいただきました。専門的知識を身に付けるきっかけになるし、法律事務所の外で行われている法律実務に触れるチャンスであると感じ、飛び込んだところ、念願どおりさまざまな案件に関与させていただくことができました。金融庁の職員の方と同じように大臣にレクチャーをしたり、国会議員への質問取りや答弁作りをするなど、仲間同然の扱いをしていただいたことも得がたい経験です。事務所とは違う働き方を学んだだけでなく、金融に関する専門性も高まり、また、行政庁の考え方を知ることができ、その後の弁護士業務に大いに役立っています。

私も同じく、転機は総務省への出向です。いまでこそ通信分野を中心にやっていますが、入所当初は華やかな舞台で仕事がしたいという思いから、知的財産やエンタテインメントなどを主に担当していました。ですが、2年目の頃に、全く前例のない法令を検討するので専門家の力を貸してほしいというオファーが総務省からあったんです。文系出身で当時は、通信はまるっきりの門外漢でしたが、「ぜひチャレンジしてこい！」と事務所から背中を押していただきました。総務省ではTMIからの第一号の出向者として、法律を一から検討するプロジェクトチームで法案の作成に携わりました。弁護士は通常、でき上がっている法律を読み込んだり解釈したりするのが仕事ですが、その制定過程に深く関わる機会は多くありません。この立法に携わるという貴重な経験をきっかけに、通信という方向にキャリアをシフトさせました。

今日参加している弁護士だと、小坂も文化庁に出向した経験がありますし、上野や山郷のように志をもって留学をして、その後のキャリアを切り拓いていく人も多いです。TMIの弁護士は、そういった官公庁への出向や留学などを通じ、自分のやりたいこと、道が見えてくるケースも多いですよね。 　一方で、弁護士の世界には、「弁護士人生を変える案件が必ずある（ので、そういった案件に巡りあったときには全力でやりきれ）」という言葉がありますが、私はそういった案件にも道を照らしてもらったタイプです。それは、まだジュニア・アソシエイトだった頃に2年にわたって関与させていただいた、自分にとって初めての「プロキシーファイト（委任状争奪戦）」の案件でした。あらゆる状況が毎日変わり、何もわからない自分としては、とにかく大変な毎日を過ごしていました。現場では、次々と飛び出す質問ややりとりに、プロとして全てその場で即答できなければなりません。私はそれができず、力のなさを思い知らされ、戦力になっていない自分を悔しく思いました。ただ、この経験が幸いして、その後、TMIのプロキシーファイト案件のほとんどに関与させてもらうことができました。そのときに知ったやりがい、面白さは未だに全く変わっておらず、むしろ増すばかりです。まだまだ経験が足りないので、これからもそういった案件の機会を大切にしつつ、後輩たちに面白さを伝えていきたいところです。

私は、入所直後から希望して、ありとあらゆる分野の英語案件を担当してきました。ローテーション後も、コーポレートファイナンスのTMGに所属し、M&amp;Aや海外有名ブランドのライセンス契約、海外クライアントの日本子会社が関わる裁判案件、労務問題など、成果物や海外クライアントとのやり取りにおいて、幅広く英語を使った案件を担当してきました。その中で経験したひとつが、アジアから輸入される製品に対してアンチダンピングという関税を課すための調査手続のサポートです。地味に見えますが、国際的な通商問題を孕んでいる案件に関われたことはとても刺激的でした。当時は非常に難解と感じる条約の条文の検討が多く、リサーチをして結論に至るまでが大変でした。 　そこで、しっかりとこの分野を自分のものとするべく、ワシントンD.C.への留学を決意しました。最初にさまざまな英語案件を経験したことで、結果的に自分のキャリアの軸となる案件と巡りあえたので、幅広く経験をしてよかったと思っています。また、いまは分野を問わず特定のクライアントからあらゆる相談を受けることもありますので、幅広い分野の勘所を学べたのは貴重な財産です。当時はとにかく無我夢中でやっていた感じがありますが、振り返るといい経験ですね。

入所当時もTMIは既に大きな組織でしたが、いまほど洗練されていない印象でした。いまでは弁護士数も更に増え、対応できない案件はない程度に層が厚くなりました。そのため、それぞれが役割を意識した仕事の分担というものが以前よりもしやすくなったのは間違いありません。しかし、TMIの変わらない「良い文化」として、会議や案件では若手が主導権を持ってリードするという文化が根づいています。 　私自身も、まだ3、4年目のときに経験したトップをはじめとした経営陣が出席しているクライアントとの会議で、矢継ぎ早に飛んでくる質問に対し、本質を突いた回答をしなければならないという緊張感を経験させてもらいました。その会議は非常に印象に残っています。もちろん、パートナー弁護士が同席の上、クオリティチェックをしている中ではありますが、弁護士にとっては若い頃から「緊張感のある現場」を経験することが大きな成長につながりますので、こうした経験を積極的にさせてくれるという文化はすばらしいなと感じます。

私もそうですが、自分だけで論文や書籍を書かせてもらえたり、自分でテーマ設定してセミナーをやることもできるし、これだけ若いうちからチャンスがもらえる環境は、確実にいまの自分に結びついていますよね。他にも、何かTMIだからこそ、と言えることってあるかな？

私はTMIの「自由」な雰囲気がとても好きです。というより、「責任」と「自由」の絶妙なバランスが好き、という方が正しいですね。例えば、所内でも前例のないドイツ留学を考えた際、指導担当の遠山弁護士、升本弁護士をはじめ、多くのパートナーの先輩から「面白いからぜひ行ったらいい！」と背中を押してもらいました。弁護士の留学といえば、アメリカのロースクールが主流ですが、「人と違ったことがしたい」という想いもあり、ドイツ、フランス、スペイン、アメリカで留学、研修する機会を得ました。その経験、知見、人脈が、いま事務所で業務を行う上で必要不可欠な要素になっています。おそらくTMIでなければできなかったことだと思いますし、こういうチャレンジを後押ししてくれる「自由」さ、そして、その「自由」を活用した結果を事務所へと還元するという「責任」の絶妙なバランスは、ぜひ後輩たちにも活かして、積極的にチャレンジしてほしいです。

うん、TMIは留学を手厚くサポートする姿勢が強いですよね。私は、留学1年目はコロンビア大学ロースクールのLLMに行き、2年目は、当時開設されたばかりのTMIのロンドンオフィスで研修する機会を得ました。ロンドンオフィスには、現地の日系企業からの案件が豊富にありますし、外部の提携先事務所だけではなく、世界各国に点在するTMIの現地オフィスでも働ける選択肢があるのは、海外に出たい弁護士にとって非常に心強いのではないでしょうか。駐在する先輩たちの胸を借りながら、多様な案件に関わるチャンスを掴み取ることもできます。家探しといった海外生活のセットアップ面でも非常に助かりました。

TMIに入所した理由でもありますが、国際的な舞台で活躍する弁護士が同じフロアで机を並べる距離感の中で、一緒に仕事ができることも伝えておきたいです。この環境は、実際に、弁護士としての基礎体力を養うためにとても役立ちました。電話の取り方から資料の作り方まで、日本・外国を問わず、弁護士の仕事は先輩たちを見て学ぶことがほとんどですから。外資系の法律事務所でも同様の経験は得られたと思いますが、そうであった場合には、大規模な国内の仕事や裁判はそれほどできなかったかもしれません。国内と海外の案件をいい塩梅で経験できたことが、通商という国際的な仕事の土台になっています。

私の場合は、まさに進行中の「スマートシティプラクティスグループ」です。現在、複数の弁護士で連携して、スマートシティ構想を実現する上で必要となる法律的なニーズをまとめ、ホームページなどで定期的に情報発信をしています。スマートシティのような先進的なことを実現するには、幅広い法律の検討が必要で、専門分野が異なる複数の弁護士の連携は欠かせません。先日開催したセミナー形式の座談会では、各分野の専門性を活かしたチームを編成し、TMIの弁護士が20人ほど登壇しました。弁護士は器用な人が多いので、自分が知らない分野でも少し調べれば、ある程度のことはできてしまいます。でも、自分が専門でない案件をひとりで抱え込もうとせずに、専門分野の先生とコラボレーションすることこそがクライアントファーストな対応だと思います。クライアントにとって最善のソリューションを提供するために、都度最適なチームを編成するといったことできるのは、風通しのよいTMIだからこそと言えますね。

付け加えると、人数が多くても個々がバラバラに対応する集団では、事務所としての総合力も専門家としての能力も発揮しきれません。私たちは、相互に信頼関係を持って情報や経験を共有し合える一体感のある組織こそが、クライアントに貢献できる真の総合法律事務所だと考えています。この背景にあるのは、「パートナーがひとりで仕事を抱え込んでいるのは、恥ずべき姿である」という価値観です。餅は餅屋にきちんと聞こうという姿勢が、いろいろな所員にチャンスが回ることにもつながっています。

「餅は餅屋に聞け」はいい表現だね。これが組織としての一体感の秘訣なのかもしれませんね。

次はパートナーになるにあたっての、事務所、先輩からのサポートについて話しましょうか。

私は、指導担当の升本弁護士のサポートがなかったら、いまパートナーになっていなかったと思います。升本弁護士には、「プロフェッショナル」としての弁護士の姿勢をはじめ、クライアントとの接し方、仕事の進め方など、全てを教えていただきました。新たにパートナーになる者が同じ法分野を専門にしていたら、所内でもクライアントの奪い合いやその心配があってもおかしくはありません。ですが、そういった損得勘定なく、升本弁護士はむしろ、「どんどん一緒に何かやろうよ」というメンタリティであらゆるノウハウを授けてくれました。余談ですが、留学時にフランスで研修をしていたときには、わざわざパリまで来てくださるほど、面倒見のいい先生でした。こうした尊敬できる先輩パートナーの存在こそ、私がいまTMIでパートナーをしている理由です。

私は、留学から戻りパートナーになるまでの3年間、指導担当の宮下央弁護士に一から十まで本当にお世話になりました。宮下弁護士は成果物の一つ一つ、一言一句にこだわる弁護士ですので、成果物のレベルやプロ意識が大きく磨かれました。大型の投資案件やM&amp;Aの分野では、相手方は大きな事務所の、腕に自信がある人しか出てきません。彼ら、彼女らと対峙する中で認められないと、仕事のできない弁護士という烙印を押されてしまうかもしれません。私が将来自らの足で立つときに、そういった思いをしないようにと、成果物のクオリティを高めること、クライアントのニーズを理解することについて、宮下弁護士は、自らの背中を見せて徹底的に叩き込んでくださったと思っています。そのような指導と後押しをしてくださったことに、心から感謝していますし、尊敬しています。まだまだ遠い道ですが、私も、こういう先輩になりたい、ならないといけないと思っています。

私も、先輩弁護士からの指導が、自分を大きく育ててくれたと思います。金融庁での出向から帰ってきた段階の私は、弁護士としてのスキルのポートフォリオが偏っていたと思います。師匠である大越弁護士は、「将来のことを考えると、こういった案件もやっておいた方が幅が広がるよ」とさまざまな案件をアサインしてくれ、経験を積むことができました。また、他の諸先輩方も、金融庁の出向経験を活かせる仕事に積極的に入れていただきました。依頼者にとってベストなチームを案件ごとに作るTMIの体制と、「全員を一人前の弁護士に育てよう」というTMIの文化にかなり助けられました。

同感です。私が総務省に出向して作っていた法律がマニアックだったため、他事務所に勤務する友人たちからは、「そんなことをやって将来仕事になるの？」という反応が大半でした。もちろん、「まだ仕事として確立しない分野よりも、手っ取り早く稼げる分野をやったほうがいい」という考え方もあると思います。でも、TMIはそうではありませんでした。「これを絶対に極めたい」と信念を持つ人に対しては、全力でどこまでも応援してくれます。弁護士という仕事をこれほど面白いと感じられるのは、他事務所ではできないことをやらせてくれる環境のおかげだと思います。

私は現在採用に携わったり、1、2年目の先生たちと関わったりしていますが、入所1日目から将来を見据えた付き合い方をしている事務所だと感じています。一人前の弁護士になるために、最初の1カ月をかけた講義や研修であらゆる分野をインプットでき、そのあとはローテーション制度の下、あらゆる専門分野を一定期間かけて学ぶ機会が与えられます。留学についても、制度として存在するだけではなく、積極的に推奨して惜しまず人材投資をしてもらえます。こうしたサポートは、北風と太陽でいう「北風」のような厳しさではなく、「太陽」のような温かい激励だと感じています。激励の言葉がパワフルで、その期待に応えようという思いが生まれる気持ちよさがあります。

過去の話をしてきたので、最後は未来の話を。これから先、仮に10年、15年くらいにしましょうか。どんなことを成し遂げたいか、どんな人で在りたいか。みんな、考えていることはありますか？ 　先ほど、私は会社法が専門と話しましたが、会社法が専門ですと言えるようになろう、という気概は想像以上に重たいものです。事務所を限らず、会社法を専門とされている先生方が残された知識や考えは、驚くほど深く、多岐にわたっています。まだまだ自分は緒に就いたばかりで、いまは諸先輩方が作ってくださった土台の上で仕事をさせてもらっているに過ぎないことを痛感します。 　10年後に私は50才になっていますが、その頃には、日本における会社という制度、特に株式と株主総会という2つに関しては、日本有数の弁護士になり、将来の後輩たちを支えるような知見を持った人になりたい、ならなければいけない。そう考えて、自分を奮い立たせて、日々仕事を重ねています。 　また、自分の話ではなくて法律事務所という観点で言えば、法律事務所のサービスが、水道のように社会のインフラ化することを目指して色々とできることを考えています。弁護士法その他の規制の関係もありますし、考慮しなければいけないことは山ほどありますが、まずはTMIのサービスを文字どおり全国に提供できるような組織、体制を作りたいですね。少し抽象的ですけれども、行政や教育など、地方に根付いていないと処理できない問題はたくさんあるはずですから、その土地の人たちが蛇口をひねるような感覚で、自然に、気軽に使っていただけるサービスを提供できるようにしていきたいです。

弁護士業界では「ルールメイキング」という言葉があり、法律を作ったり変えたりすることがひとつの分野として確立しつつあります。自分も文化庁著作権課に出向中に著作権法改正に関与した経験があるので、こうした言葉が流行用語として使われることは理解できるのと同時に、その言葉だけが独り歩きしている風潮に違和感もあるんです。というのも、文字どおり「ルールをメイキングする」ことに主眼が置かれ、「ルール＝法律」しか見えていないことが少なからずあります。でも、TMIの先輩たちは「法律」だけではなく、常に「人」や「ビジネス」にフォーカスして仕事をしてきたと思います。自ら「ビジネス」を作ることも日常的にやっています。私もこうした先輩弁護士が行ってきた「人」と「ビジネス」に着目した「ビジネスメイキング」をやっているときが一番楽しいですね。10年後、15年後も、いまと変わらずビジネスメイキングをしていたいと考えています。

私も、まずは自分の専門である通信分野において日本一の弁護士といわれるようになりたいです。その上で、大きな視点で言えば、弁護士という仕事や市場を変えるようなこともやり遂げたいですね。15年前の弁護士の仕事はいまとは全く違っていて、次の15年間にもいろいろな変化があるはずです。小坂の話にも通じますが、単に法律を運用解釈するという職人的な仕事を行うだけではなく、ひとりのビジネスマンとして、リーガルマーケットを常に開拓し続けるというフロンティア精神が大事だと思っています。TMIは情報セキュリティに関するコンサルティング会社を作りましたが、そうした仕掛けをどんどん作って、弁護士の在り方自体をTMIから変えていきたいです。

クライアントのために法務面でもっと役立ちたいのはもちろんですが、「経済安全保障」への企業対応など、法務といわゆるコンサルティングの間のような仕事にも責任をもってアドバイスしたいです。依頼者の抱えている問題は、法律の条文に当てはまるか、当てはまらないかだけでは解決できません。このビジネスをやっていいのか、拠点展開も含めた会社組織をどうしたらいいかなど、経営判断にも直結する大きな問題を抱えています。従来は、経営やM&amp;A、輸出管理や知財戦略などのコンサルタントに声がかっていたような仕事ですが、法務の部分もありえます。例えば、経済安全保障問題などは法律を起点としてアドバイスをすることに付加価値のある分野ですし、勝手に「これは法務ではない」と切り捨ててしまうのではなく、よくクライアントと話して、積極的に自分の専門を活用してアドバイスをしていきたいです。

金融分野の知識により磨きをかけ、所内で分からないことがあったら、「とりあえず前田に聞いてみよう」と頼られる存在でありたいです。事務所の今後という観点では、私が入った頃のTMIはいまよりも規模が小さく、濃密なコミュニケーションの中で育てられたという感覚があり、先輩たちが自分のことを気にかけてくれているという安心感がありました。TMIが今後もっと大きくなっていく中で、人数が増えても後輩が安心して仕事に取り組める環境を作り、かつて自分がしてもらったことを後輩に返していきたいです。「仕事は楽しくないといけない」と思っていますので、周りと共に楽しく働ける環境作りこそが、10年後に向けた、私にとっての大事なテーマです。

さすが前ちゃん。いい締めでした。今日は同期と熱い話ができて楽しかった。また集まりましょう！

それぞれの専門性を武器に活躍し、多様なキャリアを切り拓いてきた61期（インタビュー当時入所13年目）の同期弁護士たち。一人前の弁護士として活躍する今日に至るまでに、どんな経験と学びを積み、どんな苦労を乗り越えてきたのか？パートナーになるにあたって、どんな支えがあったのか？そして、未来の自分とTMIに、どんなビジョンを描いているのか？

これからのTMIと弁護士のあり方を共創する


ローテーションを通じてM&A、規制対応、紛争など、幅広くクロスボーダー業務に取り組む。その中で、国際通商業務に惹かれ、ワシントンD.C.にて留学と米国ローファーム勤務。経産省通商機構部への出向を経て現在に至る。専門分野は国際通商、仲裁、エネルギー等。

委任状争奪戦等の会社法紛争に明け暮れるアソシエイト時代を経て米国留学。TMIシリコンバレーオフィスでの研修、シリコンバレーのVC勤務を経て現在に至る。専門分野は会社法。



文化庁著作権課に出向し、その後、ドイツ、スペイン、フランス、アメリカでの留学を経て、現在は主にエンタテインメント、スポーツ分野の案件に取り組む。


金融庁監督局証券課に出向し、米国ロースクールへの留学、TMIロンドンオフィス勤務を経て、現在は主に金融分野の案件に取り組む。



総務省総合通信基盤局に出向し、通信関係の法案の立法作業に従事。その後、米国ロースクールへの留学、米国ワシントンD.C.の大手法律事務所のテレコムプラクティスグループでの勤務を経る。専門分野は情報・通信・メディア。
